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札幌地方裁判所 昭和34年(む)13号 判決

被疑者 川口勝治

決  定

(被疑者氏名略)

右被疑者に対する公務執行妨害、逮捕被疑事件につき昭和三十四年五月二十八日札幌地方裁判所裁判官がした勾留請求却下の裁判に対し検察官から準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨および理由は別紙準抗告申立書記載のとおりであるからこゝに引用する。

被疑者に対する公務執行妨害、逮捕被疑事件につき、検察官検事鹿道正和より刑事訴訟法第六十条第一項各号に該当する事由があるとして札幌地方裁判所裁判官に勾留請求がなされたところ、同裁判所裁判官橋本享典は右法条に該当する勾留の理由がないとして本件勾留請求を却下したことは記録により明らかである。ところで一件記録を検討すると、右事犯は被疑者を含む学生の集団犯罪であるが警察官等多数目撃者があつて、写真、供述調書等の証拠資料も整い、一応の捜査がなされており被疑者が学生の指導的立場にある者という地位を考慮しても、被疑者を釈放することにより関係学生と通謀しあるいはこれに圧迫を加えて積極消極の罪証を隠滅する行為に出る虞があると認め難いばかりか、被害者参考人が警察官であるから今後の捜査の進展に多大の支障を来たす虞はなく、その他罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があると認められない。又被疑者は捜査官の取調に黙否権を行使し氏名年令住居等を供述していないが、本件記録に徴すると被疑者の氏名年令住居は客観的に確定し、本件事案と学生という身分に照らして逃亡し又は逃亡すると疑うに足る相当な理由があると認められない。したがつて前記勾留請求を刑事訴訟法第六十条第一項各号に該当する事由がないとして却下した原裁判は相当であり、本件準抗告の申立は理由がないから同法第四百三十二条、第四百二十六条第一項により棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤竹三郎 相沢正重 岡田潤)

勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立書

被疑者 川口勝治

右の者に対する公務執行妨害、逮捕被疑事件について本日貴裁判所裁判官橋本享典のなした勾留請求却下の裁判に対し別紙の理由により準抗告を申立てる。

昭和三十四年五月二十八日

札幌地方検察庁

検察官検事 鹿道正和

札幌地方裁判所 御中

一、申立の趣旨

被疑者に罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるのみならず刑事訴訟法第六十条第一項第二号に該当することが顕著であるのにこれらの理由なしとして勾留請求を却下したことはこの点に関する判断を誤つているものであるから右決定を取消勾留状の発付を求める

二、申立の理由

(一) 被疑者には罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由がある、すなわち本件被疑事実の要旨は「被疑者川口は学芸大学札幌分校学生自治会委員長であり相被疑者金山光夫は所謂道学連の書記長同氏名不詳の男は右学大分校の学生であるが被疑者等三名は昭和三十四年五月十五日午后一時五十分頃札幌市大通り西七丁目広場において道学連傘下の右学大分校並びに北海道大学々生等六百名位により行われた安保条約改定阻止、岸内閣打倒、札幌学生総けつ起大会に参加しその後札幌市内の示威行進を実施したが被疑者等はこの示威行進の行動に対する警察官の写真撮影並びに取締を排除することを共謀を企図しこの行進が午後三時三十五分頃北海道庁正門前に至り同所を警戒していた北海道主事守衛長藤村多吉外五名が右行進の先頭に立ち塞がりこれが入構を阻止したに拘らず実力をもつて同構内に侵入したので更に札幌中央署勤務警部森友則が拡声器でコースの変更は公安条例違反であるから構内から出るよう再三デモ隊に警告したが右デモ隊はそのまゝジグザク行進を続けたためこの違法状態の採証任務を帯びていた道警本部警備一課警部清野行雄の指揮下にある同課勤務巡査中川清が同日午後三時四十分頃同市北三条西五丁目道庁構内本庁舎前芝生附近において採証の必要を認め右違法現場の写真撮影を行つたところ被疑者等は同巡査を取囲み被疑者金山は「何故写真を撮つたか」と詰問し同巡査が「俺は警察の者だ」「君達が違反を犯しているので写真を撮るのは当然ではないか正当な職務行為である」と答えたに拘らず同被疑者は同巡査の所持するカメラ一台(時価三万円)を強奪せんとして引張り或いは同巡査の前襟附近をわし掴みにして前後にゆさぶり「警察手帳は何処だ」と身体捜検をなす等の暴行を加え偶々附近において同様取締に当つていた道警備一課警部補赤沢芳夫がこれを発見し被疑者金山等七、八名が中川巡査を包囲する中に割り込み自己及び中川巡査は警察官であり公務中採証のため写真を撮つたものであると弁明したが更に聞き入れることなく周囲の学生五、六十名と共に両人を包囲し中川巡査の手を払い身を押える等して右写真機を奪取した上被疑者川口及び同氏名不詳男の両名は同所より同巡査の両腕を掴え引張り乍ら道庁構内道警本部玄関前路上に停止していた道学連使用中の宣伝カー附近に連行し被疑者川口において拒む同巡査の写真を取る目的でその頭部を押え或いは右宣伝カー上に同巡査を強いて押し上げようとする等の暴行をなし、第二、被疑者三名は共謀の上同日午後三時四十分頃より午後四時五分頃までの間約二十五分間に亘り前記道庁構内で前記中川巡査の両手や体を押える等前記の如き暴行を加えて同巡査の身体の自由を拘束し不法に逮捕したもの」と言うにありこの事実については特に

(1) 被害者中川清の各供述調書

(2) 記録中の各現場写真

(3) 巡査浅川利幸の検察官供述調書

(4) 森友則、清野行雄、赤沢芳夫、江口光夫、出雲正義、田辺浄二、中村光雄、小沢教一、安田信一の各供述調書等により明らかである。

(二) 被疑者には刑事訴訟法第六十条第一項、第二号に該当する事由がある

すなわち被疑者には左記の通り罪証を湮滅すると疑うに足りる相当な理由がある

(1) 本件は被疑者等を含む多数の学生によつて行われたものであり共犯者多数あるものと認められる事案であつて今後の捜査により共犯者を明らかにすると共に被疑者等の各行為を明確にする必要があるものである、而して被疑者は道学連の幹部の地位にあるので事案の正確にも徴し身柄を釈放するにおいては組織的且つ強力なる団体の統制力を利用しその影響下にある共犯者或いは目撃学生と通謀して具体的事実関係そのものについて積極、消極各種の証拠の湮滅の挙に出る公算が極めて大である而して当時被疑者等と行動を共にした学生は多数ありこれらは例え共犯者たらずとしても重要なる証人であるからこれが取調をなさねばならず万一これら学生より自由な供述が得られなかつたとしても将来公判において作為的な消極的供述を為され事実の認定に重大なそごを期す虞が充分存するのであつてこれらの者から積極的な供述を得られないとしても将来顕出を予想される被疑者等の犯罪事実を否定する様な作為的供述を封じる上においてこれが取調べは絶対必要であり、かゝる取調べは当該関係人等に対し絶大なる支配力を有する被疑者等を拘束隔離して関係人等を自由なる環境下におきその素直なる供述を求めることが必要である

(2) 被疑者等は本件逮捕以来黙否権を行使し犯罪事実に関する供述はもとより本籍住所氏名すら供述しようとしないかゝる状況よりみるときは被疑者が今後の取調に際し任意出頭することは到底期待し難いところであり今直ちに被疑者等を釈放する時は前記の如く通謀による罪証湮滅の虞れあることゝ思いあわせ事実上取調が不能に期する虞がある、本件の如き事案において被疑者等の身柄を拘束し他の共犯者及び参考人との通謀を防ぐ状態において参考人より被疑者等の言動を聴取し同時にこれに対する被疑者等の弁解をなすべき機会を与え真相を解明する捜査の常道によることが全く不可能に期するものである

(3) 本件は警察官中川清が違法状態を現認し且つ上司の命により証拠資料を蒐集すべく、適正な捜査活動に従つていたのに対し被疑者等は多数をたのんで同人を取囲みその身体を拘束して暴行を加え同人の職務執行を妨害すると共に長時間に亘つて行動の自由を束縛したものであり被害者はこのため心身共に異常な衝激を受けその上全治一週間の傷を負うに至つたものであつて被疑者の犯情は重くこれを勾留して捜査する価値の充分存する事案である。

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